両立できるのか?

両立できるのか?

連日、猛暑が続いていますね。京都は今のところ、全国でもトップ争いに食い込んでいるのではないでしょうか。しかし、京都も暑いですが、今年は全国的に横並びで猛暑という感じがします。京都は暑い、というのは、自虐的な自慢の感があるのですが(僕だけでしょうか)、今年はそんな余裕もありませんね。
この暑さで、町家での作業もさっぱり進んでいません。無理をすると本当に熱中症になりかねません。7月でこの状態だと、8月はどうなるのでしょうか。打って変わって台風が頻繁に来られても困りますけど…

上の写真は、綴を織る織機(綴機)の部材を分解して箱に詰めている様子です。これでも一部です。これを別の場所へ運んで、組み立てて、織って…ということをやっていました。要は実演ですね。僕は初めてでしたし、今はもうこれをする機会はめったにないようです。
爪掻本綴を織るのはオール手作業で、その分手間がもちろんかかるのですが、機械仕掛けではないので、このように織機の持ち運びが(比較的)簡便ということが言えます。組み立てるのに専門知識や技術はほとんど必要ありません。ただ、この利点を活かせる場面は昔ほどには多くないな感じます。
部材だけ見るとただの木材ですが、これはうちにとっては本当に財産だな、と思います。

高級品と親しみやすさというのは両立するか、ということを薄ぼんやりと考えています。親しみやすい、は、敷居が低いということにも言い換えられるかもしれませんね。高級品というのは、憧れの対象で気安く手に取れるようなものではなく、むしろそういったことを利用して売られている、というイメージだったのですが、案外そうではないものが成立することはあるか?と思った次第です。
まあこれについては、結論はもちろん、意見と呼べるものもまだないのですが…あと既存の具体例があれば教えてほしいぐらいですね…