織る人たちのパワー

織る人たちのパワー

天候は秋っぽくなってきています。台風による荒天に悩んでいた時期は過ぎ、かなり涼しくなってきました。これでようやく自分の角帯づくりにかける時間が増やせるかと思いきや、何かと立て込んでおり、なかなか捗らずに歯がゆい限りです。
そもそも織機に向かっている時間が少ないということはありますが、複雑な技術を必要としない柄なのにスピードが上がらないというのは、単に織るのが遅いのですね。いつもお願いしているベテランの職人さんの生産力を聞いていると、本当にすごいなと感心するばかりです。もう70~80歳オーバーの方ばかりですが、どうやって集中力を持続させているのだろうかと思います。

奏絲綴苑で織りに関することを教わっていますが、こちらでの練習に織っているいる作品も同様になかなか進んでいません。これは帯ではなく額装で、織る量としては多くないですが、とにかく(僕にとっては)複雑で細かい柄で、悪戦苦闘しています。柄を形作っていく技術と、色をぼかしていく技術の両方の練習になっているので、得るものは大きいと思いますが、その分ハードルも高く、実際に織ること以上に、どうやって織り進めるか考えることに時間を費やしています。来年の2月に展示会があり、普通に考えれば間に合うように感じますが、このペースだと疑わしいので、どこかでギアを上げないといけません。できるかな…

慌ただしい感じを出していますが、そんな中、西陣織会館の3階資料室で行われている「綴織の魅力」という展示に行ってきました。どうもこれ、会館のHPにも載っていないし、あまり周知されていないのかもしれませんね。写真撮影禁止だったのでここで紹介できないのですが、素晴らしいのはもちろんですが、それ以上に、凄まじい、恐ろしいと感じるような作品が並んでいます。
多少なりとも織ることをかじっているので、そのように感じるのかもしれませんが、何がそうさせるのかというと、それを作った人間のパワーのようなものだと思います。僕は並んでいるのは全て爪掻の綴(つまり機械・動力を使っていない)という前提で見ていましたが、これらの作品を織りあげるのに一体どれだけのエネルギーや時間がかかったのかということをいやが応にも考えさせられて、途方に暮れてしまうのです。つまり、作品を媒介にして、作者の活力やあるいは執念のようなものを想像させられたのですね。
作品の時期的には、明治~昭和のものが多いですが、その時代の作り手たちはパワーがあったんだなあと思いました。同時にそのような大作が作れるほど価値が認められていたのでしょうね。