続いているということの価値

続いているということの価値

つくるのに苦労した商品、例えば図案制作や配色が難航したものなどは思い入れがありますし、出来上がった後の行く末も気になるものです。そんな商品に汚れがついていることが分かり、あーあ、と気が滅入ってしまいました。

多くの場合、いつ汚れがついたのか、何が原因なのかは分かりにくいものです。そして、自分の乏しい経験上、または教えてもらった知識では、落とせる汚れと落とせない汚れとがあり、今回のものは後者のように思えました。それでも、ダメ元で染み落とし屋さんに依頼すると、ほとんど分からないくらい綺麗に汚れが落ちて上がってきて、これには感動しました。

小さな汚れでしたが、目に付いてしまうとどうしても気になってしまうものですし、せっかく苦労して出来上がったものにケチがついてしまったような思いでしたが、無事に綺麗になってホッとしたのでした。

とまあ、これだけだと心がほっこり良い話ですが、綺麗になった商品を見て、僕は安堵すると同時に不安にもなったのでした。

前回の記事の話ともリンクしますが、今回染み落とし屋さんが素晴らしい仕事をして下さったわけですが、この状況、つまり厄介な染み落としの仕事を頼めるということをこの先も続けていくことができるだろうか、ということです。

この一件は実は、元々お願いしていたところと急に連絡が取れなくなり、急遽別のところへお願いした、という経緯があって、それできちんと仕事をしていただいたので感謝しかないのですが、こういったことが染み落としだけでなく他の分野でも今後は起こり得ることを考えると、これから先も仕事を続けていくための体制なり環境をどう作って維持していくかが喫緊の課題と言えます。

世代交代はあるのか、新しい世代はどこにいるのか、それが無ければどうすれば良いのか…こればっかりは一人で悩んでいてもどうしようもないので、色々な人と協力しながら前進していきたいですね。

こういうことを考えていると、何十年、あるいは100年以上続いている、いわゆる老舗が評価されるのも分かりますし、続いている、ということ自体がすごいことだと思えます。基本的には人の意志の力がないと継続というものはないからでしょうね。

惰性で続いているというものも見かけますが、それは仕組みなり構造が優れているということなのでしょう。最初にそれを設計した人の意志ということでしょうか。とりあえず今が良ければそれで良い、という姿勢ではなし得ないことだと思います。