ものづくりの楽しみとは

ものづくりの楽しみとは

実際に出来上がってみないと分からない。けれどもこれ、結構良いんじゃない?と自分で思える図案がもうすぐ仕上がろうとしています。

保存しているこの図案のデータをさかのぼってみると、一番古いものの日付は去年の12月18日となっていました。約1か月半前から取り掛かっていることになるので、随分前だな、と思いましたが、体感的にはさらに前から取り組んでいたような気がします。

思い起こすと、キーとなるアイデアが浮かんだのがもっと前の時期なのでした。

そのアイデアを、どうすればもっとも活かすことができるか。それを具体的に形にするのにかなり何度も試行錯誤したなあ、と思い出します。この帯にはお太鼓とお腹のところに柄があって、お太鼓柄の作成を前半戦、お腹の方を後半戦とするならば、明らかに前半戦の方に力も時間も費やしています。特に頭の中で考える作業の方が手を動かすよりも多く、それを実際に形にしたとき上手くはまった瞬間は興奮したものです。そして、後半戦は、前半の勢いそのままに進めるかと思いきや、かなり迷って存外に苦戦したのでした。

とまあ、このようにして、できあがる手前まで来ているわけですが、今回は珍しく、不安より期待の方が少し大きいのです。自信作とまでは言えませんが、できあがるのが楽しみ、といった心境です。

ウケる確率の高い鉄板のものを自信満々に世に出せれば、それが一番良いのでしょうが、なかなかそうもいかないのが正直なところです。

自分でイチから考えてものをつくるときは、自社のレパートリーには無いものをつくらないと意味がないと思ってやっていますし、できるだけ市場のものとは被らないものを目指します。もちろんあえてその時の主流や流行、あるいは古典に寄せにいくときもあります。しかし、基本的には「空き地」を探しているわけです。

そういう意識でもってできあがるものは、やはりどこかちょっと変わっていて、それが自分の手から放れるときは、確信などは無く、期待と不安があるというだけです。そして、今回は期待が少しだけ大きい。

実際にできあがってみないと分からない。そして、できあがったものに対しては、良い悪い、あるいは、好き嫌いといった評価が容赦なく下されるわけです。それがどうなるかは今の時点では分からない。

分からないからこそ、できる限りの準備をして臨むのだと思います。構図や表現を考え、配色を考え、最適な技法を考え、売り出し方を考える。そうやって、ああでもないこうでもないと悩み考えてるうちに、これは良いかも?と思えてくる。そういったことこそが、ものづくりの楽しみなのかもしれないと、ふと思ったのでした。