何が当たり前か

何が当たり前か

今週も、織り手さんにお話を聞いたり、実際に織っているところを見て学ぶ機会に恵まれました。(もちろん3密にならないように)

外向きの活動が制限されている今、何かできることはないか、内向きの活動を豊かにできないか、ということを考えることで、自然とつくることについて学ぶことが増えてきています。ご都合を合わせてお時間を割いて下さる織り手さんには本当に感謝です。

 

 

さて、織り手さんがどのように織っているかを見ながらいろいろと考えます。
どう織り進めるかという技術的なことももちろん勉強になりますが、それよりも印象に残るのは、織ったところを戻る、というところです。

織ったところを戻るというのは、つまりそれまで織ったところの糸をほどいていくということですが、織り進めるのに比べると、ほどいて戻るのはかなり時間と手間がかかります。
それを織り手さんは、自分の織った部分が思う通りになっていないとなると、躊躇なくほどいてやり直していきます。
明らかなミスをしたからではなく、少し線が歪んだ、とか柄のバランスがちょっと良くない、といった理由です。

自分が時間と手間をかけてつくってきたものを無かったことにする、そしてそれを自分自身で判断して実行する、というのはなかなか辛いことです。
僕にはまだ真似できないことです。どうしても「別に今のままでもいいのでは…?」という思いが頭をもたげ、迷いが生じます。

戻って(納得するまで)やり直す、というのは、今回見学した方だけでなく、他の織り手さんにも共通して見られる姿勢です。
僕からすると、意識が高いなあ、という風に見えてしまうのですが、その人たちにとっては当たり前のことなのだろうと思います。
そして、一回で上手く綺麗に織れる、ということはなかなかないのでしょう。何度も進んでは戻って、の積み重ねで良いものはできていくのですね。