最近のもやもや

最近のもやもや

僕がこの業界に入ったときは、自分と同世代の人というのは皆無に近いのではないか、と思っていましたが、蓋を開けてみると、つくり手にしろ、売り手にしろ、思っていたよりも同世代の人(何なら自分より若い人も)は多くいるということが分かってきました。

今週は、京都から出て、そういった方々、特に売り手方面の人たちと新しく知り合い、いろいろと話ができましたが、同世代ということは、この先も一緒に仕事をすることになるかもしれない関係なわけで、そこで話をしていると、日々の細かいことを考えている頭から、視野が一気に遠くに広がっていきます。
つまりこの先数十年のことについて、考えざるを得なくなります。

何か衝撃的な言葉や出来事に打ちのめされたわけではないのですが、京都に戻ってくる頃には、考え方を改めないといけない部分があるのでは、という漠然とした思いが頭をもたげていました。
現状、足りないものが多々あるのは当然として、それに対して必要な手は打っていますが、この先仕事をしていくにあたって、もっと根本的なところで、特に自分自身の頭を切り替えるべきところがある、と感じました。
それが何か、簡単に分かれば苦労はしないのですが…

 

 

一方で、制作の停滞も感じています。
といっても、ものづくりが止まっているわけではなく、むしろ自粛期間中も織り手さんに仕事を出していたし、織り手さんの数も徐々に増えてきているし、織る環境の整備も続けているし、織るための体制は充実しつつあります。
では何を問題に感じているかというと、つくるものの幅が少しづつ狭くなってきている、つまりは新しいものが生み出されていない、ということです。

ここ数か月の販売機会の喪失と無関係ではありませんが、それ以前から兆候はありました。定番品の動きがだんだんと変わってきていました。
定番品がよく動いていた時期は、それを軸にして柄や配色に変化を加えた版をつくってバリエーションを増やしていましたが、基盤が止まってくると、その手法もとりにくくなってきます。
となると、これまでとは違うところから発想を持ってくる必要があります。
それが簡単にできれば苦労はしないのですが…

この2つの問題意識、遠いようでいて、共通しているのはこれまでとは違う発想に切り替える必要がある、ということで、自分の中に1つ、柱のようなものを打ち立てないといけない、と感じます。
まだまだ漠然としていますが、考えを進めたいと思います。嗚呼もやもや。