日常の手間

日常の手間

 

先日、子供が入院するという事態になりました。
幸い大事にはならず、5日ほどで退院することができましたが、言ってみれば、日常から非日常への急激な転換を経験したわけで、その5日間で、月並みですが日常のありがたさというものを感じました。

日常というのは、繰り返しだと僕は捉えています。
そしてその繰り返しの中で、決まってやらないといけないことが誰しもあるかと思いますが、それがいわば日常の手間というものだと思っています。
大体の場合それらは新鮮味が少なく面倒くさいもので、疎かになりがちなのですが、今回のようなことで日常についての意識が変化した後だと、手を抜かずにちゃんとやる理由も見えてきます。

そして、日常がいつまでも続くということはなく、いつかは非日常が訪れるでしょう。
非日常と言っても、日常から解放された時間や空間といった良い意味合いでのものではなく、ここで想定するのは不測の事態といった類のものです。
今回の1件もまさにそれです。
これに対して、最も良いのは非日常への備えを日常の手間の中に組み込むことだろうと思います。そんなに簡単なことではありませんが・・
しかし、いつかは来るもの、起こるものという心構えがあれば、日常の行動も少しは変わってくるものだと思います。

今の仕事において考えてみると、ものづくりの世代交代の過渡期の中で、大きな差し障りもなく仕事のサイクルが回っている現在の状況は、日常が続いていると言えるでしょう。
普段の作業が起伏や変化に乏しいと感じることもありますが、それこそがありがたい状況だと考え直す必要があります。
そして、非日常はいつか訪れます。これは必ず来ます。これに備えて、普段していること、つまり日常の手間を少しずつアップデートしなければいけないな、と感じました。