これからの手間

これからの手間

 

南天の実。粒も大きく立派に実っています。これが赤く色づいてくるのを見ると、冬の訪れを感じます。
この南天の木が育っているのは、工房の庭です。他にもあと3本ほどあって、どれもよく育っています。
この庭は、そんなに良い土壌とは思えないのですが、よく植物が育ちます。と言っても、大半がいわゆる雑草ですが…
毎年この季節になると、夏の間に成長した雑草を刈り取る作業が始まります。
今年の春夏は、あまり庭の方に気を配る余裕がなく、例年より放ったらかし気味だったので、地面が見えないくらい青々と繁っていました。
ここの工房が何年も空き家になっていた時の庭は、いろいろな草が伸び放題のまるでジャングル。そこから数年をかけて量を減らし、なるべく手間がかからないように、といろいろ試してきましたが、ちょっと油断すると元通りになりかねないという自然の強さを感じます。
必要な手間だと思って今までやってきましたが、再考する必要があるのかも、と思っています。

手間の問題だと、綴の制作においても、どれくらい手間をかけるか、そしてどのような手間が最適なのか、ということが今の個人的な課題だったりします。
単純に、制作に手間をかければかけるほど精細で美しいものをつくることが可能になりますが、その分価格に反映されるので、結果、手に取りにくいものにもなってしまいます。
なので、手間をかけ過ぎず、でも良いものになる、というようなところを目指すのですが、今の時代に合った手間と出来ばえの最大公約数を見つけなければ、と思っています。

庭にしても、綴の制作にしても、目指すべきビジョンが見えてくると、自ずと必要な手間と削るべき手間が分かってくるのだと思います。まだ模索段階ですが、早く考えを固めたいところです。