平常の土台

平常の土台

 

さて、もう年末です。今年は自分なりに密度は濃かったと感じていますが、それでも過ぎてしまうとあっという間でした。
やはり今年もコロナ禍にかなり振り回されたという印象が強い1年でした。
感染の波が寄せては返しと訪れましたが、その幅が相当大きかったように思います。
それでも、秋頃からだんだんとそして着実に回復しているのを実感していますが、今現在、新種の不穏な情報が飛び交っていることもあって、再び緊張状態に戻されているのを感じます。
来年こそは大手を振って様々な外向きの活動をしたいものです。
そんな厳しい1年でしたが、振り返ると、波と波の合間を縫うようにして、ある程度は営業活動はできていたようです。社会的にも、人が動くことに関してある程度の寛容さはできてきたように思います。
しかし、やはり営業の機会は増えても、販売の機会はなかなか戻ってこない、というのが辛いところでした。
来年は、そのあたりのことがかなり改善される見込みなので、期待したいと思います。

今年は、ずっと引き続くコロナ禍による社会情勢の不安定さに加え、結果的に感染はしなかったですが、自分自身や家族の体調不良などによるペースの大幅な乱れもあったりして、「平常」というもののありがたさを身に染みて感じる年になりました。
平常という土台があってこそ、安定した行動や、大胆な挑戦ができる。逆に足場がぐらついていると、集中するのも難しいし、準備もままならない。
異常事態という状況下で発揮できる力もあると思いますが、自分にはやはり、平常をなるべく維持し、その中で頑張る方が合っているな、と思いました。
その意味でも、来年は平常がかなり戻ってくるだろうと期待できますし、これまでの分を取り返していきたい、と思います。