
爪掻本綴【つめかきほんつづれ】と読みます。
字の如く、「爪」で糸を「掻き」寄せて絵柄を形作る織物です。
職人は、上の写真のように自らの爪先をギザギザに刻み、それを使って織り進めます。
爪掻本綴は、綴織(つづれおり)という技法の中の1つ。
綴織の中でも機械を用いずに全ての工程を手仕事で行うものを指します。
綴織の起源は古く、紀元前15世紀頃の古代エジプトの王墓から出土した綴織技法の麻織物が最古とされています。
そこからヨーロッパや中国、そして日本へと伝わり、江戸時代から京都の西陣で華やかな発展を遂げます。
西陣織においても12の品種の中の「綴(つづれ)」として定められています。
(参考:西陣織の品種 https://nishijin.or.jp/whats-nishijin/kind)
なぜ“爪で織る”のか
職人が爪を使う理由。
それは織るのに必要で便利な道具だからです。
全ての工程を手仕事…つまり手織りで行う爪掻本綴では、ときに爪先よりも小さく細かい部分を精確に美しく仕上げなければなりません。
その際、どんな道具よりも手早く器用に扱えるのが自分の爪…というわけです。
爪先をギザギザの櫛のようにして、糸を掻き寄せやすい道具に仕立てているのです。
逆に言うと、織物の全てを爪で織っているというわけではありません。
無地の部分や文様・絵柄の中でも大きい部分や小さい部分など。
必要に応じて、框(かまち)や、筋立(すじたて)という木の櫛、そして爪を使いながら織り進めます。
このように道具を使い分けるのは、綴織そして爪掻本綴の織り方の特徴があるからです。
色と色との境界
綴織の定義は「経糸(たていと)の見えない平織」。
平織という組織で、且つ経糸が表裏に全く出ていない織物ということ。
経糸が見えない理由は、緯糸(よこいと)が経糸をくるみ込むようにして織られているからです。
この技術的な特徴ゆえに、綴織では無地場はもちろん絵柄や文様も全て緯糸だけで表現されています。
そして爪掻本綴では、機械を用いずに手作業で文様・絵柄を形作っていきます。
その際は、文様・絵柄の各色の部分ごとに緯糸を往復させ、それを繰り返すことで織り進めます。
その各部分が比較的大きいと框や筋立を使い、細かな部分だと爪を使うことで柄を織り出していくのです。
各色の部分ごとに糸が往復するということは、隣り合う色同士ではそれぞれの糸が折り返すところで境界ができるということになります。
これが爪掻本綴の大きな特徴で、柄によってはこの境界部分がすき間のように見えることも。
これを「把釣孔(はつりこう)」といいます。

境界を“ぼかす”おもしろさ
綴織は緯糸しか表に出ないので色と色との境界が分かりやすく、なおかつ平織で比較的平坦な組織のため、どちらかというと色表現のはっきりした織物になります。
その良さを活かしたものももちろんありますが、一方で爪掻本綴はその対極の表現として、色の境界をぼかすことにも長けています。
爪掻本綴は絵画的な表現が得意ともされますが、それはぼかしの技法が多用されるためです。
雲や霞といった色の境目がはっきりしないもの。色が自然に移り変わるなめらかなグラデーション。
こういったものを織りで美しく表現することができます。
爪掻本綴は手仕事ゆえに色数の制約がありません。なので求めるイメージをどこまでも突き詰めることもできます。
さらに、ぼかしの一環として色と色の中間色を作り出す、ということも行います。
2本撚りになっている緯糸を半分に分けて、異なる色同士の半分の糸を再び撚り合わせると2色の中間色にあたる糸ができます。
(白と赤の糸だと中間色のピンクになる、という風に)
これを「割杢(わりもく)」といい、この技法を使うことでさらに美しく自由な表現ができるようになります。

自由な感性で
爪掻本綴の職人は、経糸を張ったその下に図案となる紙を敷いて、それを見ながら緯糸を織り込んでいきます。
図案の通りになるように柄を形作っていくわけですが、どこにどのように糸を通すかということは職人に委ねられます。
作り手には個性があって感性も一人ひとり違う。同じ図案でも全く同じものには決してなりません。
その揺らぎのようなものが手仕事の良さでもあると思います。
自分の感性や感覚が直に表現される、そういった織物だと言えます。
爪を使って織る…そういったやり方ゆえに手間暇はかかります。
大量生産ができるわけでもないし、画一的な制作にも向いていません。
しかしそれはすなわち、1つずつ丁寧にそして自由に作ることができる。全てが1点ものだということ。
これこそが、爪掻本綴の1番の魅力だと思います。
紀元前の起源から、綴織の織り方自体は変わっていないとされています。
それはつまり、変わらない技法の上でそれぞれの時代が表現され受け継がれてきたということです。
そして現代では、今を生きる私たちの感性を織ることができる。それがこの先へと繋がっていく。
とても素晴らしい伝統工芸だといえるでしょう。
