檸檬の帯について。
今、うちには、腕のある織り手さんに仕事を頼める環境があります。
それはとてもありがたいことですが、その織り手さん達へのお仕事をこちらの都合で急にストップしたりすることはできない(やってはいけない)ので、常に制作のサイクルを回し続けることが必要になります。
言い換えると、常に新しいものを作っていく、ということですが、これは気を緩めたり努力を怠ると、逆に似たようなものを続けて生産してしまうことになりかねません。
1本ずつものづくりをすることを身上としている身からすると、それは避けたいところなのですが、どうも昨年途中ぐらいから制作での創造性が発揮されていないな、と感じていました。
いわば、じんわりとした危機感があったわけですが、ここで「今までと違う新しいものが必要だ!」という意識が過剰になってしまうと、変わったもの、突飛なものに振り切ってものづくりをしてしまいがちになります。
その道は何度か間違えて踏み入れてしまったものなので、その反省も踏まえ、これからは、
「今までとは違うもの、その上で「変」ではなくちゃんと「良い」もの」
を作り続けていく必要がある、という思いに至りました。
こういったことが背景にあった中で、次の制作の材料を探していると、淡い黄色の地糸を見つけました。
これは普段ではあまり採用されない色でした。
何らかの理由で使われずに残っていたものだったと思いますが、これが目に留まったとき、ここしばらくの制作の流れの中では新鮮だし、何よりとても綺麗な色なので、これを使って何かを作りたいという気持ちが芽生えました。
一方で、新たに柄を考えるとき、自分の中の課題が1つありました。
それは、これまでは新しさや物珍しさを意識してきたが、これからは普遍性のあるものを作りたい、というものでした。
そこで、第一候補として考えていたのが植物です。
植物の柄は、うちにも、そして世の中にもすでに多くのものがありますが、唐草や唐花柄のように、葉、茎、そして花で構成されているものがほとんどで、枝や実を表しているものはブドウ以外だとあまり見かけないな、ということを感じていました。
なので、せっかく作るなら、実、つまり果実が実る植物を柄として作りたいと考えていました。
この2つの事柄、つまり黄色ベースの地糸と果実を主とする柄。これを組み合わせて考えていると「レモン」というアイデアを思いつきました。
これであれば、「違うもの」で「良いもの」になるのではないかと思い、制作を進めることとしました。
この「違う」と「良い」を両立させるために重要だと思ったのが、果実の黄色と葉の緑色です。この2つはかなり吟味しました。
この柄の主題はレモンなので、その黄色で目を引きたい、できるだけ鮮やかで爽やかな印象であってほしい、その上で浮き過ぎず品良く見せたい、ということを成立させる色を選んだつもりです。
織る前の糸の状態で見ると、かなり濃く色鮮やかな黄色でしたが、背景の淡い黄色の地にちょうど良い具合に馴染んでくれて、事前の思いの通りに仕上がってくれたと思います。
一方、葉の緑色は、鮮やかな黄色と比べると少しくすみがかった落ち着いた色を中心に濃淡3色出しています。あえてそうしたのは、全体を「和」の方に寄せたかったからです。
仮に葉の方も鮮やかなエメラルド系の色にすると、清涼感が出て、そちらの方が爽やかなレモンのイメージに相応しいかもしれませんが、そうすると「洋」な印象になり、言ってしまえばありきたりで、さらに綴の帯としては「変」な方に寄ってしまうのでは、と考えました。
鮮やかな黄色と落ち着いた緑、こういう配色の組み合わせは経験がなく、挑戦的な試みでしたが、結果としては両方の持ち味を活かしつつ、全体を品良くまとめることができたのでは、と感じています。
この他にも、どこまで効果が表れているかは正直分かりませんが、細かい配色の妙にも挑戦しています。
1つは、黄色と緑を引き立たせるために、枝の部分の配色はあまり目立たないうすめの色を使っています。
もう1つは、できるだけ平面な印象にしたくなかったので、柄の右側よりも左側の方を色濃くして遠近感を表しています。
さらに、実の黄色の中に細かい銀糸を混ぜてぼかしで織って、微妙な陰影が出るようにしています。これは近くで見て初めて分かるものかもしれませんが…
このような考えや経緯があって織り上がったこの帯。
「レモン」の柄ですが、全体の柄行きや色使い、和に寄せるという意識づけからすると、タイトルは漢字の「檸檬」が相応しいのではないか、と思います。
決して斬新な代物ではないですが、この帯を見て、ちょっと「違う」な、そして「良い」な、と感じてもらえたとしたら、嬉しいです。
☆柄のいろいろな写真や、配色の写真はこちらに並べてあります。
是非ご覧いただければと思います。
https://hattori-t.com/works/lemonnoobi/
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